昭和50年12月10日 月例祭
ただ今ここに座った途端に、今日田の春高さんがお参りして、あのお姉さんが、今日初めてお参りをして来たと言うお届けがあった時に、変わると言う事を頂きました。それで、私は直ぐそれにあのこれから人生が変わるよと言うて、一言申しました事でしたけれどね。変わると言う事は勿論、神様のおかげを頂くと言う事は、人間が変わるとか変わらないで、言うなら改まらなくってもおかげを受ける。
おかげを受けると言う事は、変ってくる事です。それに変わると言う事は、矢張り自分自身が変って来るからだとこう思うです。だからこの変わらなければおかげが頂けんと言う事ではない。けれども愈々信心の世界というのは非常に不可思議な、黎明不可思議なものです。ですから、あの今変わると言う事が。人生が変わる変って来る。言うならばおかげの世界に入っていけれる。幸せの世界に入っていけれる。
先日からも幸せの事を願わん者はないけれども、幸せへのその道というものを知ろうとしない。道を歩こうとしない、と言う様な御理解を頂きましたが。言うならばその不幸から幸せへの転換が信心だと思います。人生が変って来る。同時に自分自身も変って来る。例えば昨日一昨日でしたか、北野の江口つぁん達が親子三人で、お婆さんとお母さんと三人で参って見えた。もう一月も前だったでしょうか。もう大変深刻なお願いに見えて、大変お母さんが出血をした。
早速町の病院に行った所が、どうも子宮癌の疑いがある。それでまぁ久留米の久大ですかにと言う事であって、色々検査を受けたり色々診察を受けたりして、まぁその後の信心も、ぼちぼちながら続いておりました。それで昨日一昨日参ってまいりましてから、ここへ三人揃うてです「親先生、おかげで私がつは子宮癌じゃ御座いませんじゃったげな」と言われた。だから「そげなこつ言いよるといよしさん、いっちょん有難いこつはないばい」ち私が申しました。
はらぁもう本当にこの医者に見せても、この医者に見せても矢張りその子宮癌の疑いが濃厚であったと。それが愈々おかげを頂いて一月余り経ってる間に、それこそ癌の気もほろ気も無いという。なんでも無かったと言うおかげを頂いたと実感してこそ、初めてはぁおかげで助かった。信心頂いておる印というか、おかげというものをそこに感ずる。そう言うもんです。そし私そげん言いましたらそげん先、言いなさりゃ「お願いに来てから、三日目で御座いました」ち。
ご祈念しよったげならね、この何か沢山の人ががやがや言いよるげなもん。そんがやがや言いよるなかで、根切れのおかげば頂かなければというてお声ば頂いたそうです。そるけん、親子で顔見合わせてから「そげなこつあんた、頂いとってから早うお礼にこじゃこて」もうそん時すでに根切れのおかげを頂かねばと言うおかげを頂いておった。そるけん「はっきり頂くなら、お届けする筈じゃったばってん、がやがや言いよる中にその声を聞いた」とこう言う。
だからどげん間か分からないと言う様な事を言われるんです。「まぁあんたらほんにのんびりした信心するね」と言うてまぁ言うた事でしたけれども、そういう言うならばおかげが頂かれるんです。信心を頂いておるからお取次ぎを願った、そういう例えば本当に子宮癌なら子宮癌で難儀をしなければならない所を、おかげを頂いた。人生が変って来るです。それにほんなら本当に日々を有難い勿体ない、しかもこういうおかげを頂きながら、そのおかげを命を。
例えば新たに頂いたと言う様な心からの有難いという心が生まれて来る。その有難い心で信心をするから、愈々変って来るのです。愈々おかげが変って来るのです。今度御本部参拝でもう本当にもう思いがけない方達に会わせて頂きましたけれども、中に一人おかげの泉で目が見える様になったという、私が帰りよりましたら、あの「はぁ合楽の先生でしょう」と言うてね。
言うてお届けをした方が御座いました。と言う様にですね。その変って来るです。それにはそれまでになる、色々な神様の色んな働きというものを、受けての事で御座いますけれども。おかげを頂いてひとつ愈々ね、信心させて頂いておるおかげで。こういう幸せへの道が開けて来たという、本当に実感出来れる一つおかげを頂かせて貰うて、そして日々を神恩報謝の心。この度の御本部参拝は報徳祭で御座いました。三代金光様はまぁだご生前の時には、四神様のお祭りと申し上げておりました。
二代金光様のお礼のお祭り。今日皆さんが、あちらでパンフレットの中にもうたって御座いましたが。小倉の桂先生が。いうならば、九州の大恩人である所の四神様、二代金光様のおかげで九州に道が開けた。それに四神様のお祭りがないと言う事は、どうも可笑しいと。私にとってはもう四神様が命の恩人であると同時に、九州会同の大恩人だと言う所から本部に願われた。
そしてお祭りの万端の費用を、九州で小倉桂先生がお持ちになって。お供え物なんかでも、九州また尾道辺りで途中下車をして、新たなお魚なんかも用意をして、そしてあちらでお祭りを仕えて頂かれたのが始まりであります。いわゆる四神様へのご恩返しのお祭りを、そのような風にして桂先生はなさった訳であります。そこでほんなら三代様がお国替えになられましてから、三代金光様のお祭り。
三代金光様は、皆さんも何時も御承知の様に、これは合楽の大恩人で御座います。金光様、三代様がおられなかったら、合楽は開けとらんです。と云う程しのお二方のいうなら報徳のお祭り。最近ではそれが沢山な方達の、御道に功労のあった方達に対する報恩のお祭りという、大変範囲が広うなりましたけれども、この十六日に奉仕させて貰います。合楽の報徳祭はどこまでも、四神様の、または三代生神金光大神様への報徳のお祭りで御座います。そこでで御座いますが。
今度のご本部参拝のお土産話を、二、三、聞いて頂こうと思います。先程熊谷さんからお届けが御座いました。今度奥城で御祈念をさせて頂いておりましたら、日田の綾部さんが、お初穂袋に報徳と墨でそれこそ墨黒々とです、報徳と書かれた所を頂きましたとこう言う。皆さんどう言う事だと思いますか。久留米の佐田さんが頂かれた事は、是も今さっきお届けがありました。矢張り奥城で御祈念中もう今度は今までかって無い事が起こりました。と言うのは、今度は大変朝が早う御座いましたから。
奥城に出ましたのは、もう四時ちょっと過ぎ位に早かった。だぁれもご祈念するものは、もう無いのではなかろうかと思うて、お参りをさせて頂いたら、丁度奥城にそれこそあの石畳の上に座って、四名か五名かの方が、一生懸命大祓いを奏上しておりました。私はあそこへ参りまして直感しました。はぁこれはいわゆる最近合楽で言われておる、御祈念修行をなさっておられるのだと。だから直ぐ私は後ろに座らせて貰うてから、皆さんこの方達の御祈念に付かせて頂こうというて、後ろに座らせて貰いました。
私はあの最後までそれを感心した事は、石畳の上に何にも敷かずに、若い青年の方達でしたけれども、中におられたのが先生でしょうか。もう石畳の上にそれこそ横尻一つかかずに、こう微動だにされませんでした。是に私は驚きましたもう一心不乱です。いわゆる大祓いを奏上されて私共も一緒にお付き合いさせて頂いて、言うなら恐らく十巻ぐらいは一緒にあげさせて頂いただろうと思います。合楽の方達にはこの心行の、例えばこういう御祈念修行と言った様なものに大変欠けておる。
最近では私がここ二三日、そのお参りをさせて頂く朝も、その事を皆さんにもう繰り返し聞いて頂いておる事だった訳です。時に久留米の佐田さんが座られて、もう直感した事ははぁ是が今親先生が言うておられる心行、所謂御祈念心行だと思うたら、もうそれこそ涙が流れて流れてしようが無かった。合楽の信心の素晴らしさに、唯々恐れ入ってしまう思いでそらもう大変、矢張りこう調子が違いますリズムが。
そして早いんです。それでもう付けていくのにも、まぁ付けて行き難いぐらいありましたけれども、矢張りその方達が上げ終わられるまで、一緒に御祈念をさせて頂きましたが。その有難いと、お礼を申させて頂いておられたら、御心眼に沢山のみかんを頂かれた。こちらに選別をしたみかんが置いてある。こちらにはまだ今から選別しなければならんというみかんの山が積んであったと言うので御座います。皆さんどう言う事だと思うか、一つようと考えてみて下さい。
椛目の妹がお届けを致しました。矢張り御祈念中にです、もうそれこそ何時もに無い事。合楽があそこへ行ったら、それこそ御祈念をしよっても、皆んながこう散ってしまわれて、合楽だけで何時も御祈念が出来ると言うのが、まぁもう当たり前の様に思うておった。所が今日に限って、しかもとても待てども待てども、繰り返し繰り返しまぁだじゃろか、まぁだじゃろかと思うて、その御祈念はせんなつけんなね、その目を瞑ってから、まぁ聞きよった。
その御祈念をなさる方達のそれを聞きよった。そしたら御心眼にですね、もうそれこそご飯をね、こうやって口の中に押し込まれると言うところを、お知らせに頂いたというお届けを致しました。このたとえば三つを今日は、一つご本部のお土産話として、皆さんにも聞いて頂こうと思うのです。先日これは何かの会合のありました後にでした。もう遅う一時半頃まで、秋永先生と文雄さんとお話をして、秋永先生は休まれる。文雄先生は私のところで足を揉み。
それでたまたま私が、その日創価学会の池田大作さんが書かれたご本があるのを、子供達が借りて来とるのを、ちょっと見た所に書いてあった事を話した。今日は文雄さん私は素晴らしい事を聞いたがまぁ創価学会というのは、私も色々そのもうそれこそ大きな心で、もうそれこそ何様であろうがかに様であろうがね、だけど創価学会だけはどうも虫が好かん。何時か神様からそう言う様な事も頂いた事もあります。
けれどもその読ませて頂いたその元の学会の会長であるという、何とか何じゃったかの、あ戸田城聖か戸田城聖という方が、何か不敬罪か何かで、戦時中にその監獄にまぁ入れられなさった。( )あった手紙の所を、丁度見せて頂いた。それにね僕の一日のうちで一番都合の良い時間は、何時かお父さんに知らせてくれと。そして僕の一番都合の良い時間に。お題目を百回唱えようじゃないかと。
お父さんもあんたの一番都合の良い時間に、あんたがお題目を上げておる時間に、お父さんも百回お題目を唱える事にする。もう必ずや私とあんた、親と子の交流の無い筈はない。いいかねお父さんとお前との、親子同盟だよと書いてある。私はその親子同盟だよというところをね、もう非常に感動したんです。そしたらあの文雄先生が、あの話すんです。実は、私のお裁縫をお願いをする、あのお裁縫師の方に、今日聞かせて頂いたんですけど、あの着物じゃない、帯を縫う方らしいです。
どんなに言うても、まぁ七号か八号方位しかないという方らしいけれども、帯を縫わせたら出来るという方らしいんです。もうそれこそ始めにお願いに行きよった時分なもう、小屋の様な家に住んでおられた。所があの創価学会というのは、とにかく世の中でもう困ったとか、人が相手にしないと行ったとこに、まぁ行くらしいですね。だからその人もまぁ白羽の矢が立った訳でしょう。
そしてそのまぁ折伏と申しますかね、お導きに行った人が言うた事はです「あんたが私が言う事を聴いて、朝お題目を百回晩に休む前にお題目を百回唱たらです。十年後には必ず立派な普請が出来る」と言うたそうですだから単純ですからね。もうそれを信用して直ぐ学会に入った。そしてそれからも熱心に朝お題目百回、夕休む前にお題目を百回唱させて頂く様になったら、十年後には立派な家を購入されたと言う事です。
子供達がやっぱり、その同じ信心に付いて来て、文雄先生が時々行きますと、矢張り若い青年男女が集まって、その学会の、いわゆる研修会をやったりしておる。どんな急な事を言うてもです。例えばご本山参りち言うでしょうかね。その時にだけは絶対断る。会合でいかにゃならんという時には、もう絶対仕事は向こうに押しやってもう、それは絶対出来ん、今日は会合だからと言われる様な信心が育って来ておる。それを私は聞きながらね、またそしておんなじ日に。
私がその戸田さんの子供さんに対する手紙の、それと是とを思い合わせてです。私は本当にあの大祓い、私共も以前は何十巻と毎日それこそもう、声が枯れる様に上げ続けました。最近はだんだんおかげを頂いて、御神前に座れば、もう神様が問いかけて下さる程しのおかげを頂いて、まぁその大祓い一つ上げません。けど皆さんの場合は違う、なるほど、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経と言うて、やっぱ百遍も唱えよるならばです心が無になる。有り難うなる。
そして先生、この頃はもうその、たまにはその何ち言うですか、ご本尊様の前に座らせて頂いて、お題目を一生懸命奉唱させてもらいよるとです。立とごとないごと有難うなる。梅屋さんあんたもどうでん、創価学会に入らんのち言うて進められたと言うて話しております。本当にそこにさもあろうと私は思います。それから私はそのあくる日から、その話をみんなにしている訳です。
今日も私は、あの豊美達夫婦にその話をしましたら、初めて私の話に涙を流して、夫婦のものが聞きました。親子同盟だよというて話をしましたから。この話を聞いてもうその日から、最近久富先生が報徳祭もある事だし。または寒行の修行も始まるからその前奏曲と思うて、しばらく朝参りをそれまで続けたいと言うて、参って来た一番初めの日にその話を聞いた。それから帰って直ぐ奥さんに話させて頂いて、合楽におかげを頂く一時間お前と二人で御祈念をさせて頂こうと言うて約束をした。
そして早速東京に行っております、弘道先生の所に手紙を書いた。そしてお前の都合の良い時間を知らせてくれ、一緒に御祈念をしようと親子同盟だよと言う事を手紙に書いて出したと言う事。おかげで今日までそれを続けておられると言う事で御座いますけれども。それを続けて行くと言う事が素晴らしい事なんです。たまにはねもう今日だん、御無礼しようかと言った様な事もあろうかも知れません。
知れませんけれどもです。それを続けて行く内に、それこそご本尊様の前に座ってお題目を唱えておると、もう立とうごとないごと有難うなって来ると言うのです。そういう心の状態にです。話を聞くでしょう。だから今まで二本日に上げよった人がね、三本上げる様になった。それだけ努力する訳なんです。今まで五時間しよったつが、六時間働く様になった訳です例えば。だから日に一本づつ余分に縫うて行きゃ、成程十年もすりゃ普請の一つぐらい出来るだろうと、私は思います。
信心というものは、そうさせなければおられない働きが生まれて来るんです。話を聞いて有難い心が開ける。そしてそれを行ずれば、まだ良いのですけれども。ただ今日の御理解はありがたかっただけではね、血に肉にならんのです。そこで一番これは今の金光教全体に欠けておる事だから。是はご本部へも提言させて貰わなければならない。テープを通しておかげの泉を通して、どうでも此の事を提言したいと、私は思うておりますが、先ず合楽から本気でねその気になりなさいて。どんな事があってもね。
ほんなら大祓い一巻でも良いけん、もう今日の事はあげん(?)言いよるとですね、そらあの何ですから、それこそゆっくりでも良い一巻でも良いから、心行くまで思いを込めてあげなさいませ。それでもいけんなら二巻上げなさいませ。とにかく心が落ち着くまで、心が有難うなるまで。朝晩と言いたいけれども、せめて晩だけでも一つそれを実行する。しかも十年したら必ずです、創価学会ですら普請が出来る位ですから。私がいうておる事を聞いて下さるなら、とても普請ぐらいのこっじゃない。
それこそ蔵が建ちましょう。信心は矢張り実行です。そういう例えば皆さんが話しを聞いて下さって、皆さんに聞いて頂いた、今日のお土産話をもう一遍思うてみて下さい。佐田さんが頂かれておられる事。本当に親先生がほんの今朝が今朝まで、最近毎日言われるところの、これが欠けておる、これを合楽が先ず始めとなってです。合楽から先ずこういう信心を信者一人一人の上に頂いていこう。そこにはねあれば頼まんならん、これば願わんならん。お礼すらも何もないです。
もう一生懸命ほんなら大祓いなら大祓いを奏上させて頂いておる時にはです。確かにおかげの頂けれる心の状態が開けてくるから、言うならお商売の上にもおかげを頂く事でしょうし、普請も出来る訳です。それが積り積るのですから十年間。それこそ我ながら、和賀心を祀れる様な心の状態が、育っていくと言う事なんです。ですから信心は先ず実行です。そこで先ほど、末永先生が申しておりました様に、本当に有難い夫婦喧嘩の話をしておりましたが、本当に信心の事で、夫婦喧嘩をする。
そこから改まり合うていく。法然と親鸞のお話をしておりましたが。そういう例えば。日に千遍でも万遍でも、南無阿弥陀仏を唱える。いうならば南無阿弥陀仏の生活に入った法然の信心をです。親鸞が受けてはぁそういう心の状態に、私もなろうという時にもうすでにおかげを頂いておるんだと。末永先生もその事を言っておりました。夫婦の中で何時も信心の揺れはあるけれども、夫婦喧嘩はするが今日からはこうと心に決めさせて頂いたら、発心させて頂いたら、時もに無いすがすがしい心が頂けたという。
中々この発心と言う事が難しい。だからですね矢張り発心と言う事は、中々難しいですけれども先ず実行する事です。そして段々それが一年経ち二年経ちしておる内にです。それこそ今の裁縫師さんじゃないけれども、有難うなって来る。お話も本当に頂ける様になって来る。それを実行しなければ馬鹿らしゅうなって来る。そして拝む上にも拝まして頂くのですから、愈々おかげにならない筈がない。
私がねどうでもこういう信心を身に付けなさいよと言うておる時にはですね。もう神様がね、それこそ妹が頂いておるように、もう無理やりにでもご飯を口の中に押し込もうとなさっておる時だと、一つ悟って頂きたいと思うです。例えば妹がはぁ佐田さんの様に、是が今の合楽の信心だと思うておったら一緒にです。一生懸命の御祈念をさせて頂いたでしょう。けども早よ止めらっしゃら良か所へ。
何時までさっしゃるじゃろかと、まぁそげな気持ちで、そんお祓いも付けもせず上げもせずに思いよったら、口の中にご飯をこうやって無理矢理に、ほうばらせる所を頂いた。神様が無理にでも、どうでもままにならせてやろうというおかげを、そういう働きがある時なんです。私がどうでもこういう信心を、合楽に欠けておるこの信心を。先ず合楽から、そして教団全体に欠けておる信心を、一つ高めていこう。いかにも唯ご祈念する、唯お題目を唱えると言う事は、低級な様であるけれどもそうではない。
それを唱えて実行しておるうちにです。心がおかげを頂けれる心の状態になると言う事なんです。初めの間は、ただお題目百遍唱えればが、唱えよる内に段々、段々有難うなって、それこそご本尊様の前に座ったら、それこそある時には二時間も、それをお題目を唱え続けさせて頂いて、有難い言わば境地に浸らせて頂いておるというおかげが頂かれるのです。それをです、戸田城聖さんじゃないけれども、親子がまぁだたった、十あまりの子供にです。お父さんが、それを言われる。
如何にお父さんの信心が素晴らしいかと言う事が分かります。しかも同じ時間で僕の一番都合の良い時に、僕が百遍お題目を唱えるならば、お父さんもあんたが唱える時間に、お題目を百遍唱える。必ずや獄窓獄外にあってもです。親子の心が交流しない筈はないんだよ。これは親子同盟だよと言うて、その手紙を書き送ったという、城聖さんのその言葉にね私は打たれた。どうぞ皆さんも。
今日末永先生が夫婦同盟をしたように。久富先生が、親子同盟の事を言われた様に、そういう例えば信心をして来るなら、後ろからじっと来て座るようになる。昨日久富先生がお届けしておられたのに、先生夫婦でしよりましたら、あぁた今日は嫁御が後ろから来てから、一生懸命御祈念をしよりますけんでと言うそういう事に成って来るの。その事ただ一生懸命御祈念ばっかりしてと言う事は。
いかにも程度が低いごとは、そらどうぞ商売が繁盛します様に、病気が治ります様にという御祈念なら程度は低いかも知れん。ある意味でそう言う事ばっかりなら。そうじゃない自分の心を神様に打ち向けて。もうなぁにもない唯一心不乱に、生神金光大神天地金乃神一心に願えと、天地書附を奉唱させて頂いても良い。天津祝詞だけでも良い。そして大祓いだけでも良い。
そこに神様と交流する手立てが出来る、手掛かりが出来る。そしてそれが段々、辛抱させて頂いておる内に有難うなって来て、愈々それが自分の信心の血に肉になって来る。佐田さんが頂いておられる、本当に合楽の信心の一分一厘間違いのない事が。それこそ何時もにない、今日はこういうしかもしら真剣に、若い方達が一生懸命、それこそあの石畳の上に座って、それこそ横尻一つかかず身動きもせず、一生懸命大祓いの奏上をしておられるのに感動した。そして是が合楽の信心だ。
最近言うておられる親先生の信心は、是だと思うた時に、止めどが無いほど有難い涙がこぼれた。こぼれたら御神願にみかんの選別したの、まだ選別してないのを選り分けられたというが。ほんなら合楽の一人一人が、その一つ一つのみかんと思うたら良いです。
こういう、例えば時にです。選別されるのです。だから良い方に選別されるおかげを頂かなければです。神様が無理にです、もうどうでもおかげを頂かせにゃおかんと、云う様な働きの始まる時なのですから、それを一つ本気で。
一家中を挙げてのそういう心行、最近合楽ではもう表行はありません。水を掛かったり、断食をしたりと言う事は致しませんから、せめてそういう御神前で御祈念をさせて貰うと言った様な。しかもそれを日々の行としてそこにはもう無条件。あれば貰わんなんから、御祈念するのじゃない。もう唯神様と交流する事の喜び楽しみと言うものを、愈々身に血にして行かなければならない。そこから例えばそういう信心が続いたら、我ながら和賀心が祀れれる様なおかげにもなって来ると思うのです。選別される。
熊谷さんが頂いておられる、綾部さんがいうならば、お初穂袋に報徳と書かれた所を頂かれたというが、どう言う事だろうかと私も思うた。でその事を只今の御祈念の時に頂かせて貰ったら、力と言う事を頂いた。はぁはらやっぱ神様の動きよりなさるから、誰よりも力が強うあんなさる。だからじゃろうと思う。力を頂かなければね。ただ報徳祭じゃけんというて、参って拝んだだけじゃいかん。ご恩な忘れとりませんだけじゃいかんて。報徳祭だけじゃいかんち。
その自分の持っておる力を持ってです、その徳に報いる生き方というものがなされなければならんということを、わざわざ綾部さんをもって、教えて下さったんです。大きな御用でもさせて頂こうというてもです。あるもんがあらなきゃ出来んでしょう。だから力を頂かなければ出来ん。唯報恩報徳のお祭り徳に報いる祭り、報恩の祭りと言うておるでけではいけん。その恩にその徳に報いなければならない。それにはね。矢張りおかげをおかげと知らなければならない。
日吉さんに私が申しましたように「私がつは、癌じゃありまっせんじゃったげな」だけではね、唯それだけの事で、言わばお礼参りとも思われないくらいな事になってしまう。「そげなこっじゃなかばい」ち。「こら癌じゃなかった」と、例えば医者が言うてもです。癌であった所を、たった三日間の間にです、根を切らせて下さるというのを、そのお知らせを頂いてるんだ。雑音の中に
。根切りのおかげを頂かにゃと言うお言葉を頂いておる。だからそれをおかげをおかげと実感する所に、恩に報いる心も、徳に報いる心も起こって来るのであります。おかげを受けなければならんけれども。受けておるおかげに、先ず私はおかげを受けておる事実を一つ悟らにゃいけんと思う。そして力を受けなければ、それに報いようと思うても報いられない。言うなら三人の方が、ご本部から頂いて帰られた、言うならばお土産をです、今日は皆さんに披露して聞いて頂いた訳で御座います。
そして今ほんなら、合楽で言われております所の。御祈念心行をです。本気でそれこそ、自分の一番都合の良い時間を選んで。一心不乱に大祓い奏上でもさせて頂いたら素晴らしい事。熊谷さんはそれから、四時の親先生の御祈念を一緒にさせて頂いておるというておられます。矢張りこの一緒にすると云う事は、それこそ佐田さんじゃないけれども、交流する。出来ればそういうおかげを頂いて貰いたい。
一時の御祈念があっております。八時の御祈念があっております。その御祈念にあわせて、テレビはちょっと切っといて、そしてさぁ八時だぞさぁ御祈念だぞと、一家中のものが挙げてね、心行が出来る様になったら素晴らしかろうと私は思います。神様がではなくても。おかげを頂かせようと言う働きが始まってる時ですから、それを受けていかなければ、神様に対しても相すまん事であります。変わる何が変わるか人生が変って来る。人生観も変って来る。
言うならば不平不足の世界から有難い、勿体ないの世界に変わって来る。そこに有難い勿体ないのおかげが頂かれる事も、理の当然であります。どうぞ一つあの皆さん私が毎日言い続けておる事。それは只今のこれは、教団全体に欠けておる事ですから、先ず合楽がその範を示して、本当に一人一人が、その心行に取り組む様になって、この様に変わって来たというものを引っ提げて、そして私は本部にも提言させて頂くならば。
幾ら分からんもんでん、分からん事はなかろうという風に思うんです。どうぞ一つ( ? )ただ今御祈念前に矢部から参って来るお婆さん、熱心なお婆さんが、あのお参りはしませんけれども何時も親先生に、山菜料理がお好きだと言うので、ワラビを煮たり筍を煮たりして託けて下さるお婆さんがね。今日は誰もおられん時に、もうそれこそもう大変な事で、もう普通なら終えとったかも分からんと言う様な事だった。
それでもやっぱりお神様のとこまで這うて行ってからもう一生懸命に、親先生、親先生というてお縋りさせて頂いて。その皆さんが帰って来る時にその、それでもまぁだ真っ青で、もうその心臓がどんどんこうあおぎよったと、言う事でしたが。とにかく今日は早うお礼参拝してくれと言われたと言う事で、お参りをして来ておりますが。そういうおかげの頂けれる信心だけではなくて、本当に血に肉になる信心を、今日は皆さんに聞いて頂きました。
どうぞ。